3週間ぶり?くらいか。
母の施設に行ってきました。
車いすです。もう車いすは、固定だね。
そして、顔が不穏顔。
大勢が集まる部屋に、車いすで座っていた。
私のことは、分かったけれど、
前回と同じく、
母の頭の中のシチュエーションが、どうも、おかしい。
今いる場所は、「学校」
私に、「あなたも、この学校に来たの?」
他の友達と一緒に来たの?
あなたの、学校からみんなで来たの?
この場所も、母が昔住んでいた地域だと思っているらしい。
話も、かみ合わないし、
かみ合わないと、ちょっと怒り出しそうな雰囲気だし、
※一人で暮らしている時も、母の理解を超える現状を説明すると、
「何を言っているか、わからないっ!」と怒ることが、しばしば。
適当に話を合わせておきました。
でも、「ご苦労様だったね。もう帰っていいからね」と、今回は頻繁に言うので、
15分くらいで帰ってきました。
車いすを押すと、きゅぅきゅぅと、こすれた音がするので、タイヤを押してみたら、車いすの車輪の空気がなかった。
スタッフも、少ない感じ(朝9時なので、まだ出勤していない人もいるかもね)で、
そのせいか、それとも、もう私は、何度も来ているのか、
私は、勝手に母を部屋に連れていいき、部屋で少し話し、また車いすを押して、みんなのいる場所に連れていって、帰ってきました。
雨なので車で行きましたが、
家を出たのが、8時51分くらい。家に帰ってきたのが、9時半くらい。
ほんと、近いといいです。
母と話が出きるのは、ありがたいですが、もう少し、会話が成り立つといいかなー。
最近では、それが少なくなってきた気がする。
母の施設から施設だよりが、来て、
「1月のお誕生日の人」みたいなコーナーがあり、
母 101歳。
と出ていましたが、
その上に、
〇〇さん、102歳。
とあった。
え?やっぱり、母も102歳まで生きるかもしれない。
主人もそうですが、友達とかでも、
「(亡くなった)お母さんが、いなくて寂しい?」と聞くと、
「寂しくはないけれど、もう一度、会いたい。と思う」
と、みんな答えます。
そういう意味では、
こうやって、会えるのは、ありがたいのかも知れない。
ただ、母が亡くなったら、海外旅行に行こう!と思っている私は、いつになったら海外旅行に行けるのだろうか。(といって、この間クルーズで、韓国行って来たけれど、私の言う海外は、フィンランドくらい遠いところです)