misty' Blog

旅行が中心ですが、趣味など経験したものを書いています

手術・入院生活

入院 手術 入院生活 退院

           7月1日  入院

午前中に入院。主人も一緒に行きました。
看護婦さんに「寝巻きに着替えていいですよ~。」なんて言われても、
明日の手術まで元気体なのにパジャマに着替えて病院内を歩くのは恥ずかしくて嫌だな。と思いましたが、
「やっぱり着替えなくてはいけないよね~」と着替えました。
おまけに、その格好で外来の人が一杯いる診察室へ診察を受けに行かなくてはならず、すっごくだった。

でも、おかしなもので入院が長くなると、かえって、パジャマで外来の人がいる所へ行くと
「ここは、私のテリトリーよ。私は、なんてたって、ここに住んでいるんだから」とちょっと、えらそ~に、歩いていました。

           7月2日 手術

前日の晩御飯までは食べたかなぁ(怖いことにもう忘れてしまっている。)
それからは、絶食で次の日(手術の日)の朝から点滴で、
手術の寸前に鼻から胃に管を入れるっていうのを、やったけど、これが、今回の入院で一番嫌だった。
主人もケガした時にこれをやった事があるらしく「うん。麻酔が効くまで、これを我慢しているのが嫌だね。」と言っていました。
(結構、この言葉に勇気づけられた。そうか。みんな嫌なんだ・・って。)

意識があるまま、手術室に入り、「ぼうっとして来たら、言ってくださいね。」と先生に言われ、
(あぁ、ぼうっとしてきたな~)と思ったらもう意識はなくなっていました。

目が覚めたら、そこはもう病室で、家族(主人・父・母)が回りにいて、「大丈夫?」
(うん。うん。うん。と頷く)「じゃあ、帰るからね。」
(うん。うん。うん。)「かわいそうに・・・。」
(よっぽど、かわいそうな状態に見えたのでしょうか?本人は、そんなに大変ではなかったのですが)
という声が聞こえていました。

入院中、2番目に嫌だったのは、手術後(傷が痛くて)体を動かすことが出来なかった事。
寝返りが打てないというか・・・。つくづく、寝たきりの人の辛さが少し解った気がする。
床ずれなんか、出来たら、ホント辛いよなぁって感じでした。

動けないので、尿は管をつけて、そこから勝手に排出していきます。(確か出産の時もやったような・・・)
面倒くさがり屋の私は「トイレに行かなくてもおしっこができる」というのは、結構楽でよかったです。

乳がんでいいのは、内臓をいじってないという事で、手術の次の朝目覚めて、まず、すぐ点滴は取れ、尿管もとれ、(鼻の管は手術後すぐ取れた)昼ごはんがおかゆだったけど、夕飯からはもう普通食で、昼には、もう歩いていました。私は昼に歩いて大部屋へ引越しました。

           7月3日~15日 通常の入院生活

食事は全く普通に食べれるし、
(おいしくて困ってしまうほど。入院中ダイエットしようとしていた私は、
動かないのにこんなに食べたら太ってしまうと思い、あえて残すようにしていた。)
朝の回診と、リハビリと、時々放射線科へ行くという日課以外は、
ひたすら、持ちこんできた本を読み
(家にいる時は、読もうと思っても他にやらなくてはいけない事があるのではないかと・・・なかなか読めないでいた)
疲れたら、寝たり、ラジオを聞いたり、テレビを見たり、
病室の人と「退屈だね~。」と話したり、取りたてて傷は痛くないし
(そりゃ、切っているので痛いと言えば痛いけど、単にそのくらいの痛さ)
結構、入院生活に馴染んでいました。

外科の先生は、1週間くらい過ぎたときに「もう外科的には退院していいよ。」
と言ったのですが、いろいろ放射線科に通って検査みたいなのがあったので
私は、もうしばらくいたのですが、すぐ退院した人もいたみたいです。

3連休があり、その後放射線治療が始まる事になったのですが、
外科の先生は「心配だったら(放射線治療が始まって、もし体が疲れて毎日通うのが大変なら)
しばらく入院して様子を見てから退院してもいいよ。」と言ってくれたのですが、
そろそろ家に帰りたい気がしたので、連休前に退院しました。

(後でわかったのですが、20日以上入院すると通院費がおりるという保険に入っていたので、もうちょっと頑張って入院していればよかったと、ちょっぴり後悔しました。
だって放射線治療に毎日 3,450円もかかるんだもの。
でも夫に、早く退院できたと思って感謝しなくちゃ。と言われました)

           7月16日 退院

この日は夫が会社の健康診断で年休を取っていたので、
健康診断終了後迎えに来てもらいました。(それもあってこの日にした)

入院前の話では、入院は2週間~4週間という事だったし、なんかすごい覚悟で入院したので、今思えばあっという間の入院でした。

夕方家に着くと長男(中2)は部活でまだ帰っておらず、
次男(小6)は友達を連れ込んでボードゲームをして遊んでいました。
母親(私のことね)が(大手術をして?)やっと退院してきたのに感動のご対面ではありませんでした。
(でも、子供の友達のお母さんに言わせれば、お母さんの入院中はホント元気なかったけど退院してきたら、いつもの元気に戻ったわよ。って事だけど)

 

余談(2019年6月追記)

入院する日の朝、私は当時、朝放送しているBSの「小公女セーラ」がお気に入りで、佳境に入りつつあるこの番組を見て、涙していたら、

夫がびっくりして、(入院や手術が不安で泣いていると思ったらしい)
「え!」という顔をしましたが、テレビで泣いているとわかり、「なーんだ」とどこかへ行ってしまいました。

入院の部屋は、大部屋で6人の部屋でしたが、一人ずつテレビがあり、なんと、諦めていたけれど、BS放送も映るテレビで、どんなに感激した。

あー、小公女セーラの最終回が見れる〜〜〜。

 

もともと、「人生」に対する執着がない(?)せいか、自分ががんになってにも関わらず、それほど落胆はしていなかったです。

 

入院したときに看護師さんに「何か心配事は?」と聞かれて、

一つは、ピアスの穴を開けてまだ間がなかったので、入院中ピアスをしても良いか聞きました。そんなことを聞く人なんていないので、びっくりしていましたね~。

もう一つは、手術してまだ麻酔から覚めていないときに、もし生理が始まったらどうしよう。とか、そんな質問。そんなのは、なんとでもなりますよね~。病院だし、下の世話だってくれるはずだし。でもまぁ、若かったし、そんな質問を。

 

手術前には、私の父親は結構うるさ型だったので、父に

「もし、手術中に何かあって、私が死んでも、病院に文句は言わないでね」みたいな事も言っていました。

死ぬ場合は、まぁ、そういう運命だったとして良いとしても、後遺症が残ったら、生活していくのが大変なので、やっぱり訴訟するんでしょうかね~。

何はともあれ、無事手術は終了し、片方の乳房は、半分ありませんが、元気に現在も生活しています。

 

手術後、脇のリンパ節も切除するので、これから先は、取った方の腕から先は、絶対に怪我をしないでください。とか重たいものを持たないでくださいと言われましたが、

そういえば、すっかり忘れて、重たいものも持っているし、

なんと、手術した側の指の靭帯を切るという大事故も起こしています。

 

手術前は、もしかしたら乳房全摘かも知れないと言われたので、胸を隠すような服にしなくてはいけないと、ハイネックの服を買ったりしていましたが、全摘でなかったし、現在は、普通に胸の空いた服も着ています。

が、片方の乳房は半分ないので、セーターを着ても、明らかに右と左では膨らみの大きさが違います。気にしていませんけど。乳頭は残りましたが、下半分が無くなって、それを縫って下に引っ張っているので、乳頭の位置も、めちゃ下です。

温泉も、人から見たら、明らかにおかしいですけれど、普通に入っています。自分では見えないので、普通のつもりかも・・・・

最近は、摘出した後に、再建するのが当たり前?ですかね?

ま、もともとあまり人の目を気にしない性格かも知れません。