【2021年3月28日】のハナシ
そういえば、骨折した詳細は、書いてなかった・・・
ということで、忘れないうちに。
当時は、書くのも悔しくて書くことが出来なかった・・・・
前日の土曜日に、なんか、もしかして「膀胱炎」?という状態になった。
「膀胱炎」っぽいのは、2回目。
1回目は、なんだか、トイレが近いなー。くらいで、もしかして「膀胱炎」かも知れないからと、水をどんどん飲んで、どんどんトイレに行っていたら、治ってしまった。
今回の2回目は、排尿の時に、痛い(前は、そこまでではなかった)。
これは、本当に「膀胱炎」かも。
と、やっぱり、水をどんどん飲んで、どんどんトイレに行って、土曜日だし、ほとんど寝て過ごした。
そして次の日の日曜日。
膀胱炎、治ったかなー。スケート教室休んだ方がいいかもねー。
と思ったけれど、
先週、スケート教室のお友達が、私に手作りのストラップをくれたので、そのお返しに、確か、なにか買って来たんだよねー。それを渡したかった。
ということで、無理をして、スケート教室に行った。
※たいてい、何かが起こる時は、「無理をした」時です。アキレス腱断裂もそうだった。
↑今見たら、まとめようと思っていて、まだまとめていなかった。
とはいえ、無理をしてもやっておいて良かった~~。と言う事もあるので、難しいところ。
さて、スケート教室。1時間半のスケート教室は、11月~4月の半年間、毎週日曜日の朝8時半~10時まで開催していて、もう15年くらい通っています。メンバーは入れ替わりますが、毎年お馴染みの人もいます。
同じクラスのお友達に、休憩時間(間に1回休憩時間がある)に、お礼を渡して~~
さて、後半のレッスン開始です。
この日の先生は、いつもの先生が用事があり、知ってはいるけれど、一応ピンチヒッター。
「もっとスピード出して~~」と先生は言うけれど、
若い子たち(基本は、小学生・中学生が主で、その親御さんも、まれに参加している感じのスケート教室)は、どんどんスピード出すけれど、
大人は、ケガするといけないので、無理はしない。
無理しないで、マイペースで滑ればいいのです。
いつもは、そうしているのですが、
今回、横一列に並んで、スタート。
向こう側に最後の人が到着したら、また反対側から、一斉にスタート。
という方式だったので、
私ひとりがあんまり遅いと、みんなの待ち時間が増えちゃんですよねー。
横に外れていればよかったなー。今思えば・・・・・
で、「ひょうたん」でバックを指定されて、それをやっていたら、
どんどんスピードが上がって・・・・・
あ、そろそろ壁に到着するので、向きを変えなくては・・・・
と、ターンというか、向きを変えようとして、転んだ。
私は、壁に激突した。と思っていましたが、そうではなく、
転んで、氷に、右肩からぶつかった。
あ、これも今思えばだけれど・・・・
毎回、準備体操をするのです。ラジオ体操をして、そのあと、肩を回したり、屈伸したりの体操をするのですが、今回のラジオ体操の担当の先生は、肩を回すのをやらなかったんだよねー。
だったら、自分でやっておけばよかったんだけれど・・・・。
それをやっていたら、また違っていたかも。
と言う風に、「今思えば」てのが、いっぱいあって、それが悔しくて(自業自得だけれど)思い出すのも嫌だった。
それが、1年経った今は、冷静に書くことが出来きるようになりました。
みんなが見ているなか、激しく、氷に肩をぶつけて転んだ。
先生はじめ、みんなが「大丈夫~~?????」と寄ってくる。
これもねー、普通だったら、
私「うん。大丈夫」と言って、立ち上がって、終了。
なんだけれど・・・・・・今回はねー
動けない!!!!
まったく動けない!!!!!!
え?どういうこと?????
痛くて、動けない(だったけ?忘れたけれど、たぶんそう)
周りのみんなも困ってしまって、どうしよう~~状態です。
目を開けていられない(痛いときってそうなんだろうか)
周りの声だけが聞こえる。
誰かが「それでも、氷の上では、まずいんじゃない?身体が冷えてくるし・・・・」
ということで、
えー、どうやって、氷の外に出してくれたんだろうか。
タンカがあったのかなー。じゃないと無理だよね。
しまった。もう忘れてしまった。
それとも、ビニールシートみたいな上に乗せられて、みんなで運んだのかなー。
抱きかかえられるのは、無理。だから、それは違う。
で、どこかに搬出されて、そこに寝かされていた。
さて、それからは、
「冷やした方がいいんじゃない?」とか
「温めが方がいいんじゃない?」とか、
なんか、分からないけれど、そんな声が聞こえて・・・・・
いやいや、もう私、絶対自力で動けないから、これはもう救急車しかないでしょう。
と、思い、
私「救急車を呼んでください・・・・・・・・」
誰か「救急車を呼んで欲しいんだって~~」
最初は、家の誰かを呼ぶつもりだったのかなー。
というか、もしかして、申込書に電話番号書いてあるから、電話していた???
スケート教室の人か、もしくは救急隊員だかが、なんどか、私の家に電話していたようですが、誰も出なかったようです。
私としては、まさか骨折とは思わず、
よくテレビで出てくるみたいに、関節が外れた????
で、柔道の技みたいに、専門の人が、「ガシっ」ってやれば、元通りになる。
って信じていた。
だから、救急車で、病院に行って、それをしてくれれば、普通にまたスケート場に戻ってきて、車の運転をして、帰って来れる。
と思っていた。
ですが、今は、めちゃ痛い。動けない。だから、救急車呼んで~~。
ということで、
多分スケート教室(スケート場)の人は、あまり大袈裟にしたくなかったと思いますが、いやいや(?)救急車を呼んでくれました。
このまま病院搬送されるのであれば、靴を履き替えなくてはいけない。
私の荷物も取ってこなくてはいけない。
もう私は、痛くて、そんな事は考えてもいなかったのですが、
呻いている私に
「靴はどこにおきましたか?」
と言われても・・・・・
今は、コロナで、靴の履き替えは、ロッカー禁止で、
スケート場の周りのベンチで履き替えるようになっているのです。
呻きながら
私「その、あの入り口入って・・・・・・・右・・・・へ・・・行って・・・・・・・・ベ・・ン・・・チの・・・・・・下・・・・・・」
みたいに、話して、
来が付けば、
私のスケート靴は、脱がされて、
靴も持ってきてもらい、
いつの間にか、私の手首についているロッカーのキーで、ロッカーから、バックも持ってきてくれて、
救急隊員到着で、
たぶん、ここで、タンカに乗せられる?
救急隊員「痛いけれど、ちょっと我慢してくださいねー」
と言われて、
タンカに乗せられる。
思わず「痛い、痛い、痛い・・・・・」と声が出た気が・・・・
※なんかね、骨を折った時に、いろいろな人のブログを読んだんだけれど、その中に、骨折して、そのまま新幹線に乗って、一人で東京まで戻った。みたいに書いてあった人がいて、びっくりしました。あの時は、まったく動けなかった。
で、スケート教室の誰かが
「靴は、ここに置くね(タンカの上)。バックはここね」
と言ってくれて、
私は、頷くのみ。
で、救急車に乗せられて、出発です。
救急車の中で、救急隊員が、
「どこか、かかりつけ医がありますか?」
と言われて、あるようなないようなだけれど
私「ここからだと、市民病院ですよねー」(←と言う事は、言えた)
救急隊員「ま、そうですねー」
私「そこでいいです」
スケート場のすぐそばに、市民病院があるのです。
ところが、この市民病院は、めちゃ混み。救急病院として。
母をいつも連れていく国立病院は、空いているんだけれどねー。たまたま???
めちゃ痛いのに、また
「痛いけれど、我慢してくださいねー」と、言われて、車いすに。
そして、この車いすで、1時間は待ったかなー。
痛いよ~~、早くなんとかして・・・
やっぱり、保護者が必要みたいで、呼べと言われるので、
自分で電話したら、出た。
そして、夫に来てもらうことにしました。
※結局、自力で帰れないから、必要でしたねー。
たくさん待たされて、レントゲン?を撮った。めちゃ痛かった。と思う。
痛くて、腕を動かせないのに、レントゲンを撮るために動かさなくちゃいけないから。
レントゲンだかMRIだかを撮って、また待たされて、
ようやく結果がわかり
研修医(だと思う。救急は)が、
「残念ながら、折れていますねー。しかも、かなりひどく。」
「これは、手術になると思いますよー。」
と私に伝えて、処置は、三角巾固定だけ。
「明日、また来てください」
夫の車で帰ってきました。
車が揺れるたびに、痛いよー---。
そして、夫は、私を家に置いて、今度は、バスで、スケート場まで行って、私の車を運転して帰ってきました。
スケート教室って、ぶ厚いセーターを着て、スケートしていましたが、いったいどうやって、そのセーターを脱いだのか(めちゃ痛いよねー)覚えていません。